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更新日:2010年11月1日

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久里浜海岸でペリー上陸記念碑除幕式が行われる(明治時代)

日米交流の象徴

久里浜海岸のペリー公園の中にペリー上陸記念碑があります。
これは、日本の開国を求めて来航したアメリカ海軍提督ペリーが嘉永6年6月9日(1853年7月14日)に久里浜海岸に上陸したことを記念して建てられたものです。

明治33(1900)年10月に、ペリー艦隊の一員として来航した経験のあるアメリカ退役海軍少将ビアズリーが来日し、久里浜にペリー上陸を記念する碑すら無いのは残念だと米友協会で演説しました。
このことが契機となって、米友協会を中心として上陸記念碑建設の運動が起こり、募金や明治天皇の下賜金によって記念碑は完成しました。
碑文の「北米合衆国水師提督伯理上陸記念碑」は伊藤博文の筆によるものです。

除幕式は明治34(1901)年7月14日、ペリーの上陸と同じ日に行われました。
参列者は桂首相ほか閣僚、個人として榎本武揚や徳川家達、アメリカからはビアズリーやペリーの孫のロジャーズ少将等、総数約1,000人で、久里浜沖では日米の軍艦が祝砲を放つなど、盛大な式となりました。

写真:ペリー上陸記念碑(1933年)こうして日米親善の象徴となった上陸記念碑ですが、昭和16(1941)年の太平洋戦争開戦以降、アメリカに関係するものは敵性のものと憎まれ、記念碑にも矛先が向けられました。
昭和19(1944)年には横須賀市の翼賛壮年団を中心として、碑を粉砕して道路に敷こうという運動が起こります。
県知事の認可を受けて、昭和20(1945)年2月8日、碑は太綱を掛けられ引き倒されてしまい、そのあとには「護国精神振起之碑」の木柱が建てられました。
これは徳富蘇峰の命名によるもので、後に石碑に代える予定でした。
ところが半年後の8月15日に終戦となり状況は一転し、粉砕されずに残っていた碑は11月に復元されました。
以後、毎年7月に横須賀市がペリーの上陸を記念する式典を開催しています。

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