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更新日:2017年2月27日

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三浦按針祭観桜会(William Adams Cherry Blossom Party)

徳川幕府の外交顧問として航海術や造船技術を伝えるなど、我が国の文化の発展に貢献した三浦按針(ウィリアム・アダムズ)を偲ぶ式典です。

本式典は毎年4月8日に開催しています。
※4月8日は、按針の生誕地イギリス・ジリンガム市(合併後のメッドウェイ市)と横須賀市が姉妹都市提携を結んだ日

 

観桜会(花輪供呈)

観桜会(アトラクション)

平成28年三浦按針祭観桜会の様子

三浦按針(ウィリアム・アダムズ)

アダムズは、日本に来た最初のイギリス人です。1564年イギリス・ジリンガムに生まれ、航海術や造船技術を学んだ後、25歳でイギリス海軍に入り活躍しました。オランダの貿易会社に所属する東洋遠征艦隊に航海士として加わり、1598年6月にオランダ・ロッテルダムを出航しました。

航海中に暴風に遭い、アダムズが乗船していたリーフデ号(日本語で“愛”という意味)だけが、1600年4月九州豊後(現在の大分県臼杵市)の黒島に辛うじて到着しました。その後、大坂城で徳川家康に会い、アダムズの人柄と知識が評価され、江戸日本橋に屋敷を与えられました。以後、幕府要人に砲術、航海術、天文学、数学、地理学などを教え、家康の外交顧問として活躍しました。

1604年から1606年頃、アダムズは家康の命により伊豆伊東の大工を使い、松川河口で日本初の洋式帆船(80トン)を建造して、沿岸測量をしました。さらに、外洋に出られる大型洋式帆船(120トン)を建造し、外国との貿易を広げることに貢献しました。家康から高く評価されたアダムズは、横須賀市逸見に領地を与えられ、三浦按針と名乗りました。家康の死後、幕府の政策が改まり、アダムズはやや不遇のうちに1620年5月平戸で没しました。

塚山公園にある供養塔は、1905年に現在の形に改修され、1923年史蹟名勝天然紀念物保存法により内務大臣から史跡に指定されました。三浦按針の故郷、メッドウェイ市では毎年9月中旬に「Will Adams Festival」が催されています。

 

お問い合わせ

政策推進部国際交流課

横須賀市小川町11番地 本館2号館5階<郵便物:「〒238-8550 国際交流課」で届きます>

電話番号:046-822-8138

ファクス:046-827-8878

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