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更新日:2016年12月8日

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浦賀渡船の歴史

ポンポン船の愛称で親しまれ、浦賀のシンボルにもなっている渡船は、奉行所が浦賀に置かれてまもない享保10年(1725年)ごろから始まる長い歴史を持っています。

江戸時代には、船が1艘(そう)で船頭さんが2人。この船頭さんの生活と船の維持管理は、東西浦賀の人々に、鴨居や久里浜など近隣の方も協力しており、まさに生活にかかせない船でした。

明治11年(1878年)8月からは、東西浦賀の17町内会の共同体が維持管理をするようになりました。この時の料金は、一人3厘で営業時間は、朝6時から夜10時までで、夜間の料金は倍額と定められました。これが公営交通としての渡船の誕生です。

浦賀町が渡船に関わるのは、それから40年後の大正6年(1917年)のことです。この時、町は共同体から5,000円で営業権利を譲渡してもらっています。このころが渡船の最盛期であり、1日の平均乗船客が1,000人にも達していましたので、現在の場所から300mほど港の内で、もう1ルートの営業が行われていました。

昭和18年4月、浦賀町は横須賀市と合併し、渡船も横須賀市営となりましたが、その後、昭和24年10月から市の施設を民間事業者に貸し付けて運航する方式に改め、現在に至っています。

 

渡船の歴史(古い資料)


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