位 置市の北端(北緯35°20′)は夏島町で、横浜市金沢区との境の平潟湾に面し、南端(北緯35°11′)は長井で、三浦市初声町に接し、南北はおよそ15.8kmあります。 市の東端(東経139°45′)は鴨居の観音崎で、東京湾口に面し、西端(東経139°35′)は秋谷の長者ケ崎で、三浦郡葉山町に接し、東西はおよそ15.3kmあります。 また、東京から50km、横浜から20kmの圏内にあります。 地 形この中帯山地は標高100〜200m内外の起伏の多い丘陵や山地からなり、上町丘陵、大楠丘陵、武山山地が東西に併走し、これらの山地丘陵の間を縫って河川や低地が配列されています。 また、東京湾岸北部の海岸線はリアス式海岸の溺れ谷になっていて、天然の良港です。一方、西海岸は海蝕(かいしょく)地帯が多く、特に荒崎海蝕洞に打ち寄せる白波は壮観です。 他の海岸線は、おおむね海水浴場に適した砂浜と風光明媚な岬で構成されています。 面 積この二町村の合併で弾みがつき、横須賀都市計画区域に含まれている久里浜村の合併促進を図り、昭和12年(1937)には、久里浜村を合併して市域面積は41.80km2になりました。 昭和18年には、三浦郡の大半の浦賀町(13.74km2)、逗子町(17.14km2)、大楠町(14.71km2)、長井町(3.7km2)、武山村(8.62km2)、北下浦村(9.79km2)の6か町村を合併し、市域面積は109.50km2になりました。 しかし、昭和25年に、旧逗子町が分離独立し、市域は96.06km2と減少しましたが、その後、公有水面の埋立などによって、現在の市域面積は100.68km2となっています。 気 象また、亜熱帯植物浜木綿(はまゆう)の自生分布地として、最北限の地です。 気候が温和で、気象災害もあまりないためか、現在、市域内には気象庁の設置する気象観測所はありません。 市内では、海上自衛隊横須賀地方総監部、市役所の環境部環境管理課や消防局などでそれぞれ独自に気象観測を行っています。 毎月の気象概況はこちらへ 人口の推移その後、旧日本海軍の伸展と共に増加し、大正9年(1920)の第1回国勢調査では8万9879人、昭和に入り市域が拡大されたため、昭和18年(1943)には人口35万8547人(旧軍人などを含まず)を数え、昭和46年(1971)12月にこの人口を超えるまでの約65年間の最高を示しました。 しかし、終戦により人口が激減し、昭和20年(1945)11月1日の人口調査では20万2038人となり、約15万人の人口が流出しました。 戦後、経済の復興、旧軍港市転換法に基づく旧軍施設の産業施設への転活用、丘陵地帯の団地造成などによる社会増とそれらを上回る自然増に支えられ、昭和46年(1971)12月の推計人口では、過去最高を上回る35万8857人となりました。 その後、オイルショックを始めとした経済情勢等の変動や住宅供給の停滞、出生率の低下などの影響により昭和55年(1980)以降は人口の増加率が鈍化し、現在では42万人前後で推移しています。 横須賀市推計人口はこちらへ |