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更新日:2010年11月1日

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日蓮が米が浜に上陸したと伝えられる(鎌倉時代)

日蓮と白猿・角なしさざえの伝説

建長5(1253)年、日蓮は房州(今の千葉県)から相模国(今の神奈川県)へ舟出しましたが、その途中、突然風波が荒くなり舟は木の葉のように波にもて遊ばれ、進むことも戻ることもできなくなりました。
この波にもまれる舟は船底に三寸の穴があいてしまい、そこから海水が容赦なく進入し、舟は沈没しそうになりました。
水夫はあわてふためいていましたが、日蓮は海面を見つめ、静かに「南無妙法蓮華経」と唱えると、不思議にも荒れ狂っていた風波が静まり、舟の海水はすっかりひいていました。
水夫がびっくりして船底の穴を見てみると、いつの間にか穴にあわびが吸い付いていました。
こうしてようやく日蓮はとある島に着くことができました。

写真:猿島遠景

この島に上陸した日蓮は、島の一角に立って声高らかに法華経を唱えていると、不思議にも白猿が姿を現し、しきりに日蓮の袖を引いて陸地を意味あり気に指しました。
あそこが有縁の地かと合点した日蓮は、また舟にのり白猿の教えどおり陸地(米が浜)に向かいました。
このことから、この島はいまでも「猿島」と呼ばれています。

また、このころ現在の公郷町に石渡左エ門尉という人が住んでいました。彼は春日大明神の不思議なお告げの霊夢をみて「日輪家内に入る」と感得し驚いて目を覚ましました。
これは何かの知らせに違いないと朝早く深田の浜に出てみると、一艘の小舟が猿島の方から浜を目指して漂っているのが目に入りました。よく見ればこの舟に1人の僧が立って何やら経文を唱えていました。
彼は昨夜の霊夢と思い合わせて、夢はこれだと喜んで裾をからげてこの舟に近づいていきました。すると彼の足裏から鮮血が流れ、浜の白砂を真っ赤に染めました。

これを見た日蓮は彼に足をどうしたのかとたずねました。左エ門尉は浜でさざえの角を踏んで傷ついたと答えました。
また、この浜は遠浅なので漁夫たちは海岸から遠く沖まで行かなければ舟まで行けず、そのため、度々さざえのために足を痛めて難儀していると付け加えました。

これを聞いた日蓮は「よし」とばかり法華経を唱えて祈ると、彼の足から流れる血はとまり、同時にこの浜のさざえの角はすっかりなくなってしまい、それ以後ここでとれるさざえに角はなくなってしまいました。

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