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更新日:2010年11月1日

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宗元寺が三浦半島の中心地として栄える(奈良時代)

仏教による国家の安泰を願って都には東大寺が建立され、国々には国分寺や国分尼寺が建てられました。

相模の国にも国府(国の役所)のあった現在の海老名市の地に国分寺が建立されました。
国分寺は当時の最高の建築技術で建てられ、国家の偉業を人々に知らせるものでもありました。
国分寺が建立される以前には、有力な豪族が氏寺(私寺、初期寺院)を建てて仏教を信仰していました。

宗元寺復元図(赤星直忠博士文化財資料館蔵)

この氏寺のひとつが宗元寺であり、当時は奈良の大寺院と同じように現在の県立横須賀高校の敷地を含む広大な寺域を持ち、豪華な伽藍様式であったらしく、南北にのびる丘からは奈良・平安時代の瓦や須恵器(すえき)が出土しています。

現在、公郷町の高台にある曹源寺は曹洞宗のお寺で、寛永5(1628)年、代官・長谷川七左衛門長綱により、もと宗元寺薬師堂跡に建てられたといわれます。
今の本堂は昭和7(1932)年に建立されたものです。

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