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更新日:2010年11月1日

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連合国軍が横須賀に上陸(昭和時代)

横須賀の終戦

昭和20(1945)年8月15日、日本はポツダム宣言を受諾し、終戦を迎えました。

連合国軍最高司令官マッカーサー元帥が厚木飛行場に降り立った8月30日、横須賀でも連合国軍の進駐が始まります。
米国上陸部隊が午前9時29分に横須賀海兵団付近へ、9時30分には追浜の海軍航空隊へ上陸を開始し、英国上陸部隊が9時40分に猿島へ上陸しました。
この日1日で横須賀に上陸した将兵は17,000人にのぼります。

前日の横須賀連絡委員会からの布告で、市民は上陸当日の外出を禁止されていました。
横須賀鎮守府では、司令長官の戸塚道太郎中将から上陸部隊指揮官バジャー少将に横須賀軍港の引渡しが行われ、横須賀鎮守府庁舎には米国の国旗が掲揚されました。

この日以降横須賀への進駐は着々と進められ、軍関係の組織は解散し、施設等の引渡しも行われました。
海軍とともに発展してきた軍港都市横須賀で、最大の職場であった海軍工廠を失ったことは市民にとって大きな痛手でした。
また、軍人、軍属、徴用工員、女子挺身隊員、軍関係の作業員らがそれぞれの出身地に帰郷したため、横須賀の人口は激減しました。

後に横須賀は軍都から平和産業港湾都市へと、新たな道に踏み出すことになります。

写真:(左上)海兵団付近に上陸するアメリカ海軍の上陸用舟艇、(右上)海軍追浜航空基地に上陸するアメリカ兵、(下)終戦直後のドブ板通り(いずれも米国国立公文書館所蔵)

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