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更新日:2010年11月1日

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追浜に海軍航空隊が開設される(大正時代)

海軍航空発展の中心となる

現在、日産自動車追浜工場があるあたりには、昭和20年の終戦まで横須賀海軍航空隊とその飛行場がありました。明治45(1912)年に海軍航空術研究委員会が創立され、追浜海岸に水上機の練習場が建設されます。

写真:海軍航空創成期に使われた水上機
この年の11月2日に河野三吉海軍大尉がアメリカから持ち帰った水上機で初飛行に成功したため、ここは海軍航空発祥の地とされていて、昭和12(1937)年に「海軍航空発祥の地」の碑が建てられました。

大正5(1916)年3月、海軍航空隊令が発布され、4月に横須賀海軍航空隊が追浜に置かれました。
飛行場を作るために海岸を埋め立てたため、夏島は現在のように陸続きとなります。

横須賀航空隊は日本の海軍航空発展の中心となりました。
昭和7(1932)年には隣接して海軍航空廠が設置され、多くの新鋭機の開発が行われました。
終戦間際には日本初のジェットエンジンやロケットエンジンの開発に成功するなど、高い技術力を持っていたのです。

写真:終戦直後の追浜飛行場

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