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更新日:2010年11月1日

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関東大震災で大きな被害を受ける(大正時代)

関東大震災と横須賀

大正12(1923)年9月1日の関東大震災は三浦半島にも大きな被害をもたらしました。
特に被害が大きかったのは、横須賀市(現在の本庁・逸見地区)と浦賀町です。

横須賀市の中心市街地は全滅し、海軍工廠では死者が107人にのぼり、施設や艦船にも大きな被害を受けました。
浦賀町では、最大の民間工場だった浦賀船渠(せんきょ)で、死者こそ出さなかったものの、工場の建物は大半が壊滅し多くの損害を出しました。

写真:関東大震災直後の様子(左)汐留通:現在の汐入付近、(右)稲岡町

水道の断水と電灯の全滅で市民生活は大きな影響を受けましたが、水道の復旧までは走水の水源地から船で水を運んで急場をしのぎ、電灯も2週間ほどで一部復旧します。
食料や医薬品は海軍の艦船で運び込まれ、速やかに供給されました。

本市は人口密集地域が限られていて、南部・西部地域は農漁業地域で家屋や人口が少なかったため、東京や横浜に比べると混乱は少なかったようです。
また、陸軍や海軍の労働力や物資の援助を得られたので、近隣の他都市よりも早く復興することができたのです。

市町村別被害状況

市町村名

死者(人)

負傷者

総戸数(戸)

全焼(戸)

全半壊(戸)

横須賀市

742

1,221

16,315

4,700

5,041

田浦町

約50

-

3,638

-

1,783

衣笠村

-

-

930

-

75

浦賀町

約150

約100

3,250

131

2,313

久里浜村

約20

-

757

-

390

北下浦村

10

30~40

654

-

314

長井村

9

4

860

-

215

武山村

8

14

439

-

150

西浦村

5

-

905

-

476

(出典:横須賀市史 市政施行八十周年記念<上巻> 昭和63年12月発行)

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