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更新日:2018年8月9日

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旧海軍の標柱

盛福寺の前は、水道路である。明治に軍艦の製造が盛んになると、走水からの水道だけでは不足し、相模川の支流の中津川からも補給することになり、逸見浄水場が造られた。そして水源地の愛川町半原から逗子市沼間を経て、田浦、長浦、逸見までの水道管を明治45年から10年間かけて敷設した。現在、海軍水道の敷地の境界を示す「海」を刻む石柱が、田浦町4丁目の京急ガード下の道路沿いに数ヶ所、残されている。


旧海軍標柱写真


 

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