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更新日:2017年2月27日

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7.専福寺(永昌山戒寿院・浄土宗鎮西派)

 

小林一茶の座像

(小林一茶)

永正元年(1504)僧・久悦によって開かれたお寺です。
小さな石段を上る途中に呑龍上人の碑があります。呑龍上人といえば、「太田(群馬県)の呑龍さん」の名で親しまれ、病弱な子供の立派な成長を願うお参りが絶えなかったといわれます。しかし、専福寺とのつながりはよくわかっていません。
本堂の前に、新しく造られた観音像と、小林一茶の日記の一節が刻まれた碑があります。
文化3年(1806)ごろ、この専福寺を一茶が訪れた記録があります。
研究家の説によると、一茶の初恋の人がここに葬られているので、その菩提を弔うために訪れたといわれます。その墓が関東大震災による山崩れで見つからなくなっている現在、この碑は意義あるものといえましょう。
本堂の脇には、浦賀町時代に町長となった、回船問屋の川津屋太田又四郎の墓碑があります。
また、東叶神社の芭蕉碑を建てた、福井貞斎の墓があります。貞斎は、相浦社という俳諧(連句・俳句の総称)の結社を作っていたようで、当時、浦賀で俳諧がいかに盛んであったかがうかがわれます。明治3年に没しました。
墓石には、「達磨忌の大根膾や摺りはなし」という辞世の句と、「何事もよしやあし屋にさはがしの世をのがれて行身こそ楽しき」という狂歌が刻まれています。

 

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