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更新日:2017年2月27日

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10.三軒家砲台跡(観音崎台場跡)

 

三軒家砲台跡

(三軒家砲台跡)

三軒家砲台の弾薬庫跡

(弾薬庫跡)

観音埼灯台をとり囲むように、観音崎の台地に砲台の跡が残っています(観音崎砲台跡・三軒家砲台跡など)。
文政4年(1821)以後は、浦賀奉行所によって管理され、その後、慶応4年(1861)から江川太郎左衛門が引継ぎ、明治以後は、海軍省から陸軍省へと引継がれ、昭和20年(1945)8月15日の終戦まで管理されました。観音崎一帯は明治14年に要塞となり、一般の人の立入りは禁止になりました。
第一、第二、第三、第四、南門、大浦、三軒家各砲台などや、火薬庫の跡など、今でも石組やレンガ造りの砲台の跡が残っています。
歩きながら、レンガ積みがフランス式かイギリス式かなど、見て歩くのも楽しいでしょう。

 

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