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更新日:2017年2月27日

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5.県立観音崎公園

 

観音崎灯台

(観音埼灯台)

園地内の様子

(園地地内の様子)

三軒家園地

(三軒家園地)

県立観音崎公園は、昭和50年に完成した、70.4haの広さを持つ県下最大の公園です。
この公園一帯は、明治時代から砲台が築かれたり、軍の要塞になっていたため、戦争が終わるまで〔昭和20年(1945)8月15日〕一般の人は立入禁止でした。そのため自然が良く残され、当時は、一抱以上もある大きな黒松が一帯を覆っていましたが(昭和30年代)虫に侵され、今は1本も残っていません。
公園は、変化に富んだ岩礁・砂浜や海岸線と、緑豊かな広葉樹で覆われた丘陵地帯でできています。
レンガ造りの砲台跡、明治2年(1869)正月元旦に点灯された日本最初の洋式灯台(現在は三代目)をはじめ、東京湾を出入する船の安全を守る海上交通センター、展望台、三軒家園地、走水園地、戦没船員の碑、花の広場、うみの子とりで、腰越園地、噴水広場、遊歩道などがあり、よく晴れた日には、房総の山々や東京湾に出入りする船、横浜のランドマークタワーなどが眺められます。
遊歩道の敷石は、元横浜市内を走っていた市電の軌道敷で花崗岩(ミカゲ石)です。
自然林には、ヤブツバキ、ガクアジサイ、シロムダイ、トベラ、山グミ、山桜、大島ザクラ、山藤、スイセン、ハマボー、八丈ススキ、ツワブキ、また各種のシダ類も豊富で野鳥も多く、バードウォッチングや植物観察など、四季をとおして、訪れる人々の憩いの場となっています。
海岸では磯釣や、夏には海水浴と、子供達の元気な声がこだまします。

-多々羅(良)浜と横穴古墳-

旧観音崎自然博物館と水産生物研究所(現在なし)が、多々羅浜の反対側の山際にありました。
現在は駐車場と公園になっています。この奥に、「多々羅浜横穴群」と呼ばれる横穴が17基確認されています。内部から、土師器、須恵器などが、多数発見されています。これらのものから、この横穴は7世紀後半から8世紀後半の飛鳥時代から奈良時代にかけて造られ、上の台遺跡で発掘された住居の人々と関係がある墳墓ではないかと推測されます。
多々羅浜の名の由来は2説あり、この付近で砂鉄を原料とした「たたら製法」による製鉄が行われたとか、三浦氏の支配時代、三浦義明の四男、多々良四郎義春が館を構えていたからだとか言われています。

-花の広場-

戦没船員の碑の先に、平成7年(1995)5月に完成しました。
四季折々の花が楽しめます。
特に6月のアジサイ・ガクアジサイは素晴らしく、目を楽しませてくれます。隣に「うみの子とりで」があります。ローラー滑り台など楽しんでください。

*神奈川県立観音崎公園のホームページ(外部サイト)

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