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更新日:2017年2月27日

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7.戦没船員慰霊碑

 

戦没船員慰霊碑

(戦没船員慰霊碑)

碑文

「安らかに ねむれ わが友よ 波静かなれ とこしえに」

腰越園地の近くに、こどもの広場、花の広場、めがねばし(陸橋)があり、白い三角形の船の帆を立てたような碑が建っています。
昭和12年(1937)7月、北京郊外の蘆溝橋でおきた日本と支那(中華人民共和国)の軍隊の衝突に端を発して、昭和16年(1941)12月8日に大東亜戦争(第2次世界大戦)が始まり、昭和20年(1945)8月15日の終戦まで、軍人以外の船員6万余人が生命を失いました。また、2,500隻(840万トン)を越える船も海の底に沈んだのです。戦後25年の歳月が過ぎ、日本の国は再び豊かな生活を取り戻すことができました。しかし、この亡くなった人々の苦労や悲しみを忘れることはできません。
昭和44年(1969)7月、これら船員の霊を慰め、その苦労を永く後世に伝えるため、財団法人戦没船員の碑建立会ができました。
この碑は昭和46年(1971)3月に完成し、亡くなった人々の名簿が納められました。同年5月6日、皇太子・同妃殿下(今上天皇・皇后両陛下)のご臨席のもとに、全国から遺族の代表を招き、殉職船員追悼式が行われました。毎年5月15日に式典が行われています。
モニュメントとして、当時の皇太子・同妃殿下の歌碑や船の錨、人魚とたわむれる青年の像などがあります。
東京湾を眼下に見ながら、平和の有難さをかみしめ、戦争の犠牲になった、多くの人々の霊を偲びましょう。

-花の広場-

戦没船員の碑の先に、平成7年(1995)5月に完成しました。四季折々の花が楽しめます。
特に6月のアジサイ・ガクアジサイは素晴らしく、目を楽しませてくれます。隣に「うみの子とりで」があります。ローラー滑り台など楽しんでください。

 

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