更新日:2026年7月23日
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報道発表資料
明治後半から大正の頃、市内望洋台から汐見台3丁目一帯は、「百果園」という広大な果樹園が広がり、枇杷山と呼ばれました。特に、ここで生産された枇杷は大粒で、「佐久間枇杷」と称され、大変珍重されました。この地を開拓したのが、海軍機関大監(大佐)を務めた佐久間国安です。郷土資料室では、昨年度、国安のご子孫の方から資料をお借りし、整理を進めてきました。今回、新たに得られた資料から「百果園」の成り立ちや国安の人物像について、ご紹介します。
他方、国安の子の忠雄は、作家志賀直哉と学友だったことが知られています。新資料となる志賀直哉から佐久間忠雄宛てのはがきをご紹介するとともに、小説「蝕まれた友情」(「蝕」の字の食は、下部が横二本線が正しい)で描かれた横須賀大津海岸の情景について、当時の郷土資料を交えてご紹介します。また、志賀直哉を始めとした白樺派作家らの関連図書展示も行います。
令和8年(2026年)7月31日(金曜日)~9月23日(水曜日 祝日)
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