総合案内 > YOKOSUKA PLUS > トピック > 三浦一族通信【後編】山城ガールむつみと行く 衣笠城にいざ出陣!

更新日:2026年9月30日

ページID:117168

ここから本文です。

三浦一族通信【後編】山城ガールむつみと行く 衣笠城にいざ出陣!

鎌倉時代に活躍し、その軌跡が市内の随所に残る三浦一族。その魅力を3回にわたってお届けします。
今回は【後編】として、山城ガールむつみさんと一緒にJR衣笠駅から衣笠城までをたどります。

執筆:山城ガールむつみ
監修:三浦一族研究会

源平合戦の舞台になった衣笠城

衣笠城は、横浜横須賀道路の衣笠インターチェンジのほど近くにあり、現在は「衣笠城跡」として横須賀市の指定史跡となっています。周辺を歩くと、現代の街並みの中に三浦一族の痕跡を見ることができ、衣笠城の重要性や歴史を肌で感じることができます。

衣笠マップ

(1)JR衣笠駅

駅前には衣笠歴史観光案内MAPの看板があり、駅正面のかながわ信用金庫の壁には三浦一族の家紋「丸に三つ引き両」が刻まれています。

JR衣笠駅

(2)衣笠商店街

アーケードを通って衣笠十字路バス停へ。三浦一族のグッズやお土産もここでゲットしよう!シャッターアートも探してね。

衣笠商店街

(3)追手口石碑

「太田和街道入口」交差点にひっそりとたたずむ石碑。このあたりが衣笠城の正面口「大手(追手)」だと伝わっています。

追手門石碑

(4)激坂

衣笠合戦の際、東木戸を三浦義澄と佐原義連、中の陣を大多和義久、西木戸を和田義盛が守ったと伝わります。想像して楽しもう!

激坂

(5)旗立岩

衣笠合戦の際、旗を立てて味方を鼓舞したと伝わる大岩。驚くほど大きなこの岩は、古代の信仰の対象「磐座」だと考えられています。

旗立岩

(6)大善寺

奈良時代に行基が創建したと伝わる古刹。別名「矢取不動」と呼ばれる不動明王など、三浦一族ゆかりの仏像がまつられています。

大善寺

(7)衣笠城本丸

山頂には、江戸時代までは金峯山蔵王権現がまつられ、大善寺とともに重要な宗教地でした。三浦一族の時代にも祈願所や学問所として大切にされた山であり、物見岩と伝わる大岩の下からは平安時代の経塚が出土しています。

衣笠城本丸3

衣笠城本丸1

三浦一族の本城「衣笠城」

衣笠城は、初代三浦為通が築いた三浦一族の本城と伝わります。衣笠合戦の際には、平家方の大軍に囲まれ、落城。三浦大介義明を残し、一族は城を脱出しました。往時に想いをはせ、歴史を感じることができる貴重な城跡です。

山城ガールむつみの「編集後記」

これほど魅力に溢れた武士団は、他に類を見ないといっても過言ではありません。三浦一族は調べれば調べるほど、たどればたどるほど、私たちを歴史ロマンへといざなってくれます。
市内に数多く残る三浦一族ゆかりの史跡や文化財は、その足跡を今に伝えてくれます。彼らが四百年以上にわたり横須賀の地に刻んだ歴史は、私たちの暮らしのそばに静かに息づく、かけがえのない地域の宝です。気づけば、あなたの周りは歴史で溢れています。まずは、歴史の舞台に足を運び、横須賀の風景の中でその息遣いを感じてみてください。きっと、いつもの景色が少し違って見えてくるはずです。

山城ガールむつみさんとは?

歴史&山城ナビゲーター。歴×トキ(レキトキ)代表、三浦一族研究会副会長などを務め、歴史や城に関するツアーや講座などを行う。「広報よこすか」でも毎号連載を執筆中。

むつみさん

三浦一族通信【前編】【中編】はこちら

【前編】横須賀のルーツ三浦一族の軌跡 衣笠から鎌倉そして全国へ

【中編】三浦一族本家滅亡の大事件「宝治合戦」

お問い合わせ

市長室広報課

横須賀市小川町11番地 本館1号館4階<郵便物:「〒238-8550 広報課」で届きます>

電話番号:046-822-9814

ファクス:046-827-8878

より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください

このページは見つけやすかったですか?

このページは分かりやすかったですか?

このページは役に立ちましたか?