更新日:2025年11月26日
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平成17年4月17日、横須賀市と会津若松市は、両市の歴史的なつながりを背景に、未来に向けて親善交流を推進していくため、友好都市提携を行いました。その後、市民間の交流や教育・文化・産業などのさまざまな分野における交流を通して友好を深めています。 |
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会津若松市は猪苗代湖に隣接し、幕末の白虎隊で有名な鶴ヶ城など、長い歴史と伝統にはぐくまれてきた城下町です。磐梯山や猪苗代湖などの豊かな自然、東山温泉や芦ノ牧温泉といった観光資源、酒の蔵元や会津塗り、会津木綿など歴史ある地場産業が広く知られています。広い盆地と豊かな山河を背景に、古くから太平洋岸と日本海岸の接点として、さまざまな文化が流入し、それが歴史文化資源として蓄積されてきた都市です。 |
会津と横須賀の縁は、三浦一族の佐原十郎義連(よしつら)が、文治5年(1189年)の奥州合戦での戦功により、源頼朝から会津4郡(会津・大沼・河沼・耶摩)を与えられたときから始まります。その子孫の芦名氏は会津に移り、黒川城を本拠地として会津を400年にわたって統治しました。
また、文化7年(1810年)に幕府から江戸湾警備を命じられた会津藩は、鴨居と三崎に陣屋を構え、三浦半島のほぼ全域を会津藩領としました。その任務が永遠に続くと思っていた会津藩士は、一家をあげて横須賀に移住してきました。文政3年(1820年)にその任務を解かれるまでに横須賀で生涯をとじた会津藩士とその家族の墓が今も横須賀に残っています。詳細はこちら。
東日本大震災の発生後、風評被害などに見舞われた会津若松市を応援するため、横須賀市と横須賀市議会、横須賀商工会議所は、友好都市「会津若松応援団」を設立しました。詳細はこちら。
平成17年4月17日に横須賀市と会津若松市が友好都市提携を行ってから、令和7年4月で20周年を迎えたことを記念し、以下の事業を行いました。
令和7年10月、市長、市議会正副議長をはじめ、日頃から会津若松市と交流のある横須賀市の市民団体など89人が会津若松市を訪れ、20周年記念証書調印式・祝賀会を行いました。祝賀会では、記念品として、会津若松市から横須賀市へ会津木綿の羽織を、横須賀市から会津若松市へスカジャンを贈呈しました。
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20周年記念証書調印式(写真左)/記念品交換(写真右)
令和7年11月、会津若松市から市長、市議会議長をはじめ、72人の市民訪問団を本市に迎え、会津領主蘆名氏の祖 佐原十郎義連ゆかりの地や会津藩士墓地などを訪問していただきました。日頃から会津若松市と交流のある横須賀市の市民団体との交流会も行い、両市の交流を今後一層深めていこうと決意を新たにしました。
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腰越墓地墓参(写真左)/交流会での会津磐梯山踊り(写真右)
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平成26年(2014年)に世界文化遺産に登録され、東西の置繭所と繰糸所が国宝に指定された富岡製糸場は、横須賀製鉄所(造船所)に勤めていたフランス人技師バスチャンが設計に携わり、横須賀製鉄所で取り入れられていた月給制、日曜休日制など、フランス式運営が行われました。富岡製糸場の敷地内からは「ヨコスカ造舩所」の刻印入りレンガが見つかっています。 富岡製糸場と横須賀製鉄所が共にフランスの協力を得て、近代日本の発展に大きく貢献してきたという共通点を踏まえ、横須賀製鉄所のくわ入れ式から150周年に当たる平成27年(2015年)11月15日に両市は友好都市提携を行いました。 |
富岡製糸場 |
群馬県の南西部に位置し、鏑川(かぶらがわ)と高田川が市内を西から東に流れ、河岸段丘と里山に囲まれた自然豊かなまち。面積は約123平方キロメートル、人口は約50,000人。
年間を通じて温暖な気候であり、観光地としては、富岡製糸場のほか、日本三大奇景の一つである妙義山、ワカサギ釣りで有名な大塩湖、丹生湖(にゅうこ)などが人気があります。特産品は、こんにゃく、下仁田ねぎ、生しいたけ、シルク製品など。
平成27年11月15日に横須賀市と富岡市が友好都市提携を行ってから、令和7年11月で10周年を迎えたことを記念し、以下の事業を行いました。
令和7年11月、富岡市から市長、市議会議長をはじめ、市民ボランティアガイド団体など38人を本市に迎え、記念セレモニー・祝賀会を行いました。祝賀会では、記念品として、富岡市から横須賀市へ花まゆを、横須賀市から富岡市へスカジャンを贈呈しました。
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10周年確認書署名式(写真左)/記念品交換(写真右)
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