更新日:2026年5月1日
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三浦按針祭観桜会は、徳川幕府の外交顧問として航海術や造船技術を伝えるなど、我が国の文化の発展に貢献した三浦按針(ウィリアム・アダムズ)の功績を顕彰する式典です。
令和8年度は、4月8日(水曜日)に県立塚山公園にて開催しました。
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供養塔にて |
横須賀市長 |
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駐日英国大使代理 ジョナサン・バーネット様 |
駐日オランダ王国大使代理 ロブ・アンダーソン様 |
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外務大臣代理 佐藤雅子様 |
くす玉割り |
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園児から花束贈呈 |
園児による按針讃歌の合唱 |
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輪踊り |
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三浦按針(ウィリアム・アダムズ)
三浦按針ことウィリアム・アダムズは、我が国に来た最初のイギリス人でした。1564年、イギリスのジリンガムに生まれ、航海術や造船技術を学んだ後、イギリス海軍に入り活躍しました。1598年6月、アダムズはオランダの貿易会社の東洋派遣の船隊に航海士として加わります。船隊は暴風雨などの災難に遭い、アダムズが乗船していたリーフデ号だけが、1600年4月、豊後(現在の大分県臼杵市)にたどり着きました。
その後、アダムズは大坂城で徳川家康に会い、以後、家康の外交顧問として活躍しました。家康の命により、伊東で日本初の洋式帆船を建造するなど、それまでの功績を認められたアダムズは、逸見村(現在の横須賀市逸見)に領地を与えられ、「三浦按針」と称されました。長崎県平戸市では、オランダやイギリスの商館の設立など、幕府の海外貿易振興に尽力し、1620年、その波乱に満ちた生涯を閉じました。
1982年4月8日、横須賀市は、アダムズの出身地であるジリンガム市と姉妹都市提携を行いました。1998年、ジリンガム市がロチェスター市ほかと合併してメッドウェイ市となったため、両市は、あらためて姉妹都市提携を結びました。現在も、交換学生事業などを通じて友好関係を深めています。