矢落(やおちまたはやおとし)山
高熊川の源流地であり田浦泉町谷戸の奥にある山は、昔は矢落山といわれていた。東は葉山の畠山に、西は桜山や二子山に、南は木古庭に、北は浦郷に通じている。「矢落」の由来は、弓にすぐれた源為朝は保元の乱で敗れ、とらわれて伊豆の大島に流された。あるとき、弓を引く力がにぶっていないか確かめるため、力いっぱい遠くへ射った矢がこの地に落ちたとか、畠山重忠にまつわるもので攻防両軍の矢が落ちたところといわれている。
戦前は、木古庭から温泉谷戸に出て、船越の海軍工廠造兵部まで歩いて通った人がかなりいたそうだ。また、畠山、木古庭、山口、桜山、二子山方面へ山仕事や山菜取りなどの人の出入りが多かったという。付近一帯は山野草が自生し、珍しいコタニワタリなどのシダの宝庫としても知られている。